(続き)

「自分は自分。子どもは子ども。
それぞれ別のものとして考えられるように。」

「それには、子どもを心から信じること。」

「生まれてからこれまで、母として一生懸命育ててきたわけだから、子どもは本当は事の善し悪しは全て知っている。
今は心身のエネルギーが不足して行動できないだけで、何が正しいかはわかっている、と理解すること。」

「その子どもがした、命を守るための勇気ある行動が不登校だということ。」

「親の愛がいかに条件付きであったかを自覚すること。」

「子どもの価値観を認め、心から信任できれば、母親として、指示、管理、指導することは何もない。」

「つまり、先回りして管理支配し、干渉する必要がなく、子どもに全て任せていい、ということ。」


私は「受容すること」をここまで分解してもらわないと理解できませんでした。
さらにおまけがついていて、
「口は閉じていても、態度や目が子どもを干渉していたら、それは子どもを信じてないのと同じ」
というのです。

それだけ子どもは敏感だということです。

ここまで説明してもらって、ようやく自分がいかに過干渉で、先回りする親であったかがわかりました。

子どもの特性は理解したつもりで「この子は、失敗からしか学ばない」と言いながら、失敗させないように必死で先回りしていたのです。
子どもは親に管理されることよりも失敗する方がマシなんですよね。
自立したいんですから。

こうして、不登校はいつの間にか子どもの問題ではなく、「私の問題」となっていました。
私自身が、過干渉な親から、子離れをして、子どもの自立を妨げない親へと変貌しなければならないのです。

私が変わらなくては、となると「待つだけ」でなく「やること」があります。
俄然目標が明確になりますし、効果もハッキリ見えるのでやる気にもつながりました。

「やること」といっても「子どもを信じて任せる」わけですから、基本的にこちらからは「話しかけない」ということが「やること」です。

親の意見を言わないのが重要で、どうしても質問する必要がある時は、まず頭で考えてから声を掛けるようになりました。
気をつけていてもつい余計な事を言ってしまうと、露骨に嫌な顔をされ、罵られ、拒否されます。

確かに失敗は何度もしましたが、私が子どもへの対応を変えようとしていることは、子どもにちゃんと伝わっていました。
なぜなら、子どもから話してくることが増えましたし、とても穏やかになったのです。
こちらが話しかけなくても、家族の団欒自体は増え、親は相槌を打つだけで十分なのです。

しばらくの間、子どもは私を試すように何が何でも親の意見を求める質問を繰り返していましたが、
相槌だけで会話を成立させることが上手くなってきたら、それもなくなりました。
子どもの暴言はなくなり、うちの中から怒鳴り声も泣き声も消えました。
こんな平穏な生活は、子どもが生まれてから初めてのことです。

それに、昼夜逆転、スマホばかりの生活も、子どもは本当は良くないことと知っている、と信じられるようになったので、「今はこの子にとって必要」と心の底から思えるようになりました。
入浴や着替え、散らかしっぱなし、やりっぱなしについても同じです。
自信を持って口を出さずに過ごせるのです。
私自身が気持ち良く暮らしたかったら、私のために片付ければいいのです。

(続く)

 



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