義母がアルツハイマーと診断されてから8年経ちました。

3年前には寝たきりとなり、2年前からはガンも併発、この6月にはターミナルケアに入ったことを宣告されました。

義父は、おそらくそのショックから免疫力が低下して、昨年もかかった蜂窩織炎(ほうかしきえん)という、細菌による炎症性の病気が再発したのでしょう。

6月の下旬から入院が1ヶ月以上続いています。


義母の方は、少しずつ痩せてきてはいますが、ものすごくよく頑張ってくれています。

一方義父は、良くなったかな、と思うとまた高熱を出す、というのを繰り返していて、なかなか治療の効果が出ない状況です。


私は、義父の入院先に週に3回洗濯物を届けていますが、そのときに小一時間義父の話し相手をするのが大事なことだと思っています。

先日の義父は、再び高熱が出たことで落ち込み気味でした。

それは私も同じこと。


そしてお互い、今回の大変さは、お義母さんの介護が始まって、引っ越ししたり、施設に入所するまでの大変さに匹敵するほどだね、と思い出しておしゃべりしました。


ただ、あの時は、私には目的とか目標があったのです。

それに向けての実務がいっぱいありましたし、期限もありました。

ところが今は、お義母さんのことも、お義父さんのことも、神さまの領域です。

もう流れに任せるしかなくて、お義父さんの体調がどうなるか、お義母さんがどこまで頑張ってくれるかは、私たち外野にはどうすることもできないんですよね。


娘の不登校を含め、これまでもずいぶんいろんな辛さを味わってきましたけど、毎回毎回内容が違うので、私はそれぞれに「課題」があるんだな、と思っています。

そして、
「あぁもう辛い〜!しんどいー!大変〜〜!」
っとなった時は、そこに思いを馳せるようにしています。


「私は今、何を学んでいるのか。」


これを考えると、冷静さが戻ってきます。


義父、義母の今のこの現状は、慌てたって、心配したって、自分ではどうすることもできないわけですから、心静かに、すべて神さまにお任せして、目の前に起こったことの対応をするのみ、です。

なので、今は「ゆだねること」を学んでいるのかな、と思っています。


もう一つしていることは、「私、大変なんです。」ということを、正直に、我慢しないで言うこと、です。

これは「承認要求」のうちかな、と思いますが、「わかってるよ」「そうだね」「ほんとだね」と言ってもらえればほぼ解決しますので、夫に満たしてもらっています。

最近は、娘も満たしてくれていますね(^^)


義母が入所している施設のスタッフの方も、義父の事情を知った方は、「じゃあ、お嫁さんが大変ですね〜。」
と言ってくださいますが、そういうときも迷わず「そうなんです、すごく大変なんです。」と言っています。

まぁ、大抵の人は「大したことないんですよ」とか「大丈夫です」という言葉が返ってくると思っているようで、私が「大変です」と言うと、驚いた顔をする方が多いのですが…。

でも、これはご挨拶の会話ですから、私が「大丈夫です」と言ったって、「大変です」と言ったって、「そうですかぁー、そうですよねぇー」でほとんど終了する会話。

なので私は、「嘘をつく」というストレスを自分自身にかけないようにしているのです。

「自分は大変じゃない」とか「こんなことは大したことじゃない」と思い込むのは、自分の脳に良くないんじゃないかと思うので。


参考になる話かどうかわかりませんが、この作業は、義母の介護をするようになってから続けている習慣です。

ただし、聞かれてもいないのに「私大変で」とアピールするのは、単なる自己憐憫と受け止められても仕方のないことなので、自分から言いふらすことではないと思います。

子どもの不登校やひきこもりでも同じことですけど、言っていい場所とか、聴いてくれる人は、やっぱり選んだ方がよさそうですね。


今回の記事は以上です。
お読みいただきありがとうございました。 

海野しぶき


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