過保護の実践  静編

前回は、子どもからの「要求」に対して「過保護」にするにはどうしたらいいかを書きました。

「要求」といっても、比較的わかりやすい「動的な要求」について。

しかし、不登校で引きこもりがちな子どもとの生活では、「無言」とか「無反応」「無視」でしか表現されない「静的な要求」も結構あると思います。

例えば子どもが「できないこと」「やれないこと」。

小さいコトから大きなコトまで、様々なやれないことが毎日何度も起きます。

起きられない。
食べられない。
着替えられない。
お風呂に入れない。
歯磨きできない。
片付けられない。
学校に行けない。
外出できない。
意思表示できない。

これらが良くないことは、すでに子どもも知っていること。
やれたら、とっくにやっています。

やりたくてもできないほど、心のエネルギーが低下しているのです。

だいたい、親が話しかけただけで元気が出たり、やる気が出るような簡単な子どもだったら、そもそも不登校にはなりません。

この子たちは、特別な子「スペシャルタレント」なのです。

子どもは、自分の命を守るために不登校になっていることを、親はしっかり認識しないとならないのだそうです。

では、「できないこと」に対する親の対応は、というと、
結局は、子どもを「信じて」、「任せる」ことに行き着きます。

やるかやらないかは、子どもの判断。

ただ、できなくてフリーズしている場合は、「無言で要求」していると察するのです。

「放っておいて。」
「こんな状態で行けるわけないでしょ。」
「動きたくても動けないの。」

この辺までは見れば大体わかることだと思いますが、その先にある気持ちを汲み取るのです。

「今はどうしてもできないから、あとはお願い。」
と言いたいのだ、と。

つまり「察する過保護さ」が必要なのです。

親は、できないことの理由を察して、自分なりに納得できれば、落ち着いて「過保護にサポート」する気持ちになれます。

「過干渉」な上から目線の思いと、混同してはいけません。

私の場合は、察してみようという気持ちになれたら、不安や怒り、疑問の感情はスーッと引いていきました。

例えば、お風呂に入れない、歯が磨けないのも、
「やるにはものすごくエネルギーがいることだから、今はできないんだ。」
と納得できれば、無理にやらせようと考えなくなります。

また、朝起きず、学校に行けない娘の「無言の要求」を察して、時間が来たら学校に欠席連絡を入れるのです。

予約した病院に行けない時も同じ。

ここで、かつてのクセが出てきて、上から目線の
「やってあげたのに。」
「昨日は行くって言ってたのに。」
という気持ちになってしまったら、それは「過干渉」。
やるべきだ、行くべきだ、という親の価値観の押し付けです。

あくまでも、親のやることは「過保護なサポート」なのです。

やれないことの代表、「片付け」は、ST気質ならではの特徴ですから、
「意図的にやらないのではなく、する能力がない。」
と理解します。

そして、無理矢理やらせたり、やるまで放っておくのではなく、親が、自分が気持ち良く暮らすために片付ければいいのです。

子どもも、親のサポートで普段から片付いた清潔な部屋で暮らしていれば、その気持ち良さは身に付くので、いずれ自分なりに工夫できるようになるそうです。

今すぐできるようにならないと、なんて思わなくていいのです。

わが家では、以前は夫婦で口うるさく片付けるように言っていましたが、今では親の仕事と思ってやっています。

入浴についても、ある期間は数日置きにしか入れず、
部屋も本人も匂っていましたが、「察する過保護」を実践すること数ヶ月。

ある時から「毎日入りたい。」と言うようになり、心の元気度が上がったことを感じました。

人が入ったお湯には浸かれなくなりましたが、時間や順番を工夫して、娘の希望に沿うようにしています。

お風呂に入れるようになった頃、今度は「行けない、やれない、できない」で困っている時、娘の方からフゲフゲ言いながら近寄って来て、ハグを求めることが多くなりました。

私はそっと抱きしめて気持ちを代弁します。
「初めて行く場所だから緊張しちゃうよね~。」
「なんか困ってる?」
「手伝えることがあったら教えてね。」など。

ここで気をつけないといけないのが、
「大丈夫、大丈夫」「頑張って!」「やればできる!」
など親の期待を込めたセリフを言わないことだそうです。

「期待」=「今の子どもの否定」だからです。

娘は、私にフゲフゲを言葉にされ、それを受けて自分で説明し、やるかやらないか決めるようになりました。

たとえやらない方を選んでも、私がそれを尊重すると、その後を機嫌良く過ごせます。

こうして、やっと娘にとって適当なサポートができるようになったわけです。

私たち親は、いつでもあなたのサポーターです、というメッセージを伝え続けるのです。

娘の苦手としているところは補い、
その独特なペースを尊重し、
本人がやりたいと思ったことには反対しない。

たとえ失敗しても口出ししない。
本人の動揺による「悪態」は、必ず付いてくる付録と理解。

本人からヘルプの申し出があれば、こちらは多少無理してでもサポートする。

わが家はこうして、家族が一つのチームとなり、子どもが生まれてから初めての「穏やかな生活」が始まりました。

それは現在も継続中です。



さて。5回に渡り、お伝えしました「過保護」と「過干渉」については以上でおしまいです。

長い長い文章を読んでいただき、本当に、本当に、ありがとうございました。

次回は、過保護と過干渉の実践と並行して行なう「聴く」について、私の体験を交えながら書くつもりです。



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